2025年2月12日
2025年2月9日
榛名、子持、小野子、赤城/02.09
上野久路保の嶺ろの葛葉蔓
かなしけ子らにいや離り来も
3412
賀美都家野 久路保乃祢呂乃 久受葉我多
可奈師家兒良尓 伊夜射可里久母
子持山若鶏冠木のもみつまで
寝もと我は思ふ汝はあどか思ふ
3494
兒毛知夜麻 和可加敝流弖能 毛美都麻弖
宿毛等和波毛布 汝波安杼可毛布
伊香保風吹く日吹かぬ日ありといへど
吾が恋のみし時なかりけり
3422
伊可保可是 布久日布加奴日 安里登伊倍杼
安我古非能未思 等伎奈可里家利
2025年2月8日
2025年2月7日
2023年2月12日
ツバキ「椿」/『植物記』
ツバキ『植物記』牧野富太郎
巻一 大行天皇幸于難波宮時歌 長皇子
73我妹子を早見浜風大和なる
吾を松椿吹かざるなゆめ
吾妹子乎 早見濱風 倭有 吾松椿 不吹有勿勤
ツバキは椿である。この木は春盛んに花が咲くから木偏に春を書いてツバキと訓ませたものである。すなわちツバキの椿は和字(日本で製した字)である。ゆえにその字に字音というものはない。強て字音で呼びたければシュンというより外に途がない。多くの学者はこれを支那の椿(字音チン)と同字だと勘違いして日本のツバキを椿と書いては悪るいと言う人もあるが、その人の頭には少しも順序が立っていない。この支那の椿は昔、隠元禅師が帰化した時分に日本へ渡り来って今諸処にこれを見得るが、吾人はそれをチャンチンと呼んでいる。椿は『荘子』に八千歳を春となし八千歳を秋となすと出ているのでこの椿を日本人が日本の椿と継ぎ合せて文学者が八千代椿などの語を作ったもので、これはいわゆる竹に木を継いだようなものである。
ツバキは我邦到る処に見る常緑の小喬木で、山地に自生するものもあればまた庭園に栽えてあるものもある。山に在るものは一重の赤花を開きこれをヤマツバキともヤブツバキとも称する。庭に在るものには八重咲花が多く、かつ花色も種々あって一様ではない。
幹はかなり太くなり繁く枝を分ち密に葉を着ける。葉は葉柄を具え、枝に互生して左右の二列に排び厚くして光沢があり広い橢円形を成して葉縁に細鋸歯を有する。ツバキの名はこの葉が厚いから厚葉木の意でその首めのアが略せられたものだといい、また光沢があるに基いた名ともいわれている。
花は小枝端に着き無柄で形ち大きく下に緑色の芽鱗と萼片とがあって花冠を擁している。花冠は一重咲のものは六、五片の花弁より成って基部は互に合体し謝する時はボタリと地に落ちる。花中に在る多雄蕊は本は相連合して筒の様に成り花冠と合体し葯は黄色の花粉を吐く。中央に一子房があって三つに岐れた花柱を頂き、子房の辺に蜜汁が分泌せらるるのでよく目白の鳥がそれを吸いに来り、その際に花粉を柱頭に伝え媒助してくれる。ゆえにツバキは鳥媒花であるといえる。
花の後にはその子房が日増しに生長して大きな円い実と成り、秋になって熟すれば、その厚い果皮が開裂して中から黒褐色の大きな種子が出ずる。この種子から搾り採ったのが椿油で伊豆の大島はその名産地の一である。 ツバキの漢名は山茶である。その葉が茗の実に類し、製すれば飲料となるのでそれで山茶の名があると支那の学者はいっている。
2023年2月10日
椿に雪/立春
上毛新聞 2023/02/11 群馬全域で雪、前橋は積雪6センチ 坂道でタイヤ空転、あわや事故
早春賦
一 春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず
二 氷解け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空
三 春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か
寒いし、風はあるし、まさに名のみの春。と云いつつも紅梅や椿、スズメたちを撮ってました。なんせ雪はまれです。犬なみにはしゃいでました
万葉集 巻七 雑歌
1262あしひきの山つばき咲く八峰越え
鹿待つ君が斎ひ妻かも
足病之 山海石榴開 八峯越
鹿待君之 伊波比嬬可聞
古歌集出
2023年2月7日
ニュウナイスズメ/02.04 上州藤岡
ニュウナイスズメ「♀入内雀」02.04/立春 上州藤岡
2月4日に撮った野鳥の名を教えてもらいました。で、ウェブ図鑑を覗き回って、ニュウナイスズメの雌でいいみたいと…
ウィキペディアに「本種の和名の由来については以下の三説が有名である」と
スズメに見られる頬の黒斑を欠くことから、ほくろの古名であるに斑が無い雀、ということで斑無雀
新嘗雀がなまったものであるとする柳田國男の説
藤原実方が本種に転生して宮中に入り込み、納税された米を食い荒らしたという伝説がある。宮中に入る雀、で入内雀
どうやら広く分布していて里近くで暮らしているニュウナイスズメのようです
枕草子に「頭赤き すずめ」として出ています。皇居に入れるので入内なのでしょう。と、書いてるサイトがありました。
枕草子 四十一段「鳥は」 ほぼ原文で
鳥は、こと所のものなれど、鸚鵡いとあはれなり。人の言ふらむことをまねぶらむよ。時鳥。くひな。鴫。宮古鳥。ひは。火たき。
山鳥。友を恋ひてなくに、鏡を見すればなぐさむらむ、心わかう、いとあはれなり。谷隔てたる程など心苦し。鶴は、いとこちたきさまなれど、なく声雲居まで聞ゆる、いとめでたし。
かしら赤き雀。斑鳩の雄鳥。たくみ鳥。
枕草子 四十一段「鳥は」 現代語訳で
鳥は、異国のものであるがオウム、大層しみじみ面白い。人が何か言うと、それをまあ真似するそうだ。ホトトギス。クイナ。シギ。都鳥。ヒワ。ヒタキ。
山鳥は、友を離れて鳴かぬので、鏡を見せたら慰められたのであろうか、うぶで、大変しみじみしている。谷をへだてる頃は、切なく思える。鶴は、いかにも仰々しい恰好だが、鳴き声は空まで聞こえる。たいそうめでたいことだ。
頭の赤い雀。斑鳩の雄鳥。たくみ鳥。
かしらの赤いすずめ
2023年2月6日
2023年2月4日
2022年2月10日
上弦の月/2022.02.08
令和四年 立春 正月八日 上弦の月 2022/02/08 22:42 上州藤岡
雪から雨へ、そしてまた雪へと変わりながら降り続いています。備蓄食糧もあるし電気もきてます。滑りやすい春の雪です。外出せず炬燵に入って「らじる★らじる」や YouTube を楽しんでます。それと、Wi-Fi が安定してつながっているんで、いま、炬燵でブログしとるとさ (°-°;
一昨日の8日は上弦の月でした。計算上は 22:49 です。て、コンビニ帰りに庚申山に降りてきた半月に気づいたんだけどね (^-^) もう、こよみは春だけど名ばかりの春です。今日なんか最高気温3℃ ばい。寒いパソコン部屋でブログなどしとられんて… Wi-Fi 万歳! ヾ(´▽`;;
2022年2月9日
2022年2月4日
立春/2022.02.04
早春賦 (^-^) 作詞:吉丸一昌 1913年(大正二年)
早春賦
一 春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず
二 氷解け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空
三 春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か
2021年3月11日
菜の花 アオサギ しら梅/02.07
「立春 2020」、「立春 2019」とブログしました。「立春 2021」も、と思ったんだけど2月3日はパチリなしでした。7日がいちばん近くて、本郷で菜の花とアオサギ、保美へ移動して実梅を何枚か撮ってます。ほんで、タグクラウドの "立春" タップで3記事ともでるとさ (°-°;
3.11 あれから十年経ちました。ウィキペディア「東日本大震災」 でか過ぎだよ↓ひとつだけ
ネット界もドタバタ …NHKの映像がUstreamで勝手に流されている… (。_゜) ? SoftBank 発です
2021年2月13日
2021年1月6日
初春の令月にして氣淑く風和ぎ梅は鏡前の粉を披き/旅人
八重咲きしら梅 2020.12.31 上州藤岡上落合
梅花の歌三十二首 序を并せたり
天平二年正月十三日に帥の老の宅に萃まりて、宴會を申きき。
時に初春の令月にして、氣淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす。加以、曙の嶺に雲移り、松は羅を掛けて盖を傾け、夕の岫に霧結び、鳥は縠に封めらえて林に迷ふ。庭には新蝶舞ひ、空には故鴈歸る。
ここに、天を盖とし、地を坐とし、膝を促け觴を飛ばす。言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開く。淡然に自ら放にし、快然に自ら足る。
若し翰苑にあらずは何を以てか情を攄べむ。詩に落梅の篇を紀す。古と今とそれ何ぞ異ならむ。宜しく園の梅を賦して聊かに短詠を成すべし。
天平二年正月十三日 萃于帥老之宅 申宴會也 于時初春令月 氣淑風和梅披鏡前之粉 蘭薫珮後之香 加以 曙嶺移雲 松掛羅而傾盖 夕岫結霧鳥封縠而迷林 庭舞新蝶 空歸故鴈 於是盖天坐地 促膝飛觴 忘言一室之裏 開衿煙霞之外 淡然自放 快然自足 若非翰苑何以攄情 詩紀落梅之篇古今夫何異矣 宜賦園梅聊成短詠
2021年1月1日
篭毛與/野遊び
体感する万葉集【 若菜摘みのひみつ 】上野誠
泊瀬朝倉宮に天の下知らしめしし天皇の代
大泊瀬稚武天皇
天皇の御製歌
1籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち この丘に 菜摘ます子 家告らせ 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて われこそ座せ われこそは 告らめ 家をも名をも
巻十 煙を詠む
1879春日野に煙立つ見ゆ をとめらし春野の
うはぎ摘みて煮らしも
巻八 山部宿禰赤人の歌四首
1424春の野にすみれ摘みにと来しわれぞ 野をなつかしみ一夜寝にける
1425あしひきの山桜花 日並べてかく咲きたらば いた恋ひめやも
1426わが背子に見せむと思ひし梅の花 それとも見えず 雪の降れれば
1427明日よりは春菜摘まむと標めし野に 昨日も今日も雪は降りつつ
プレイヤーの「▶」をタップすれば再生します。なかなかに名調子な上野語りです。まず、聴いてみて…
01/0001 : ブログをリンクしときました。万葉集の始まりの歌は… ~若菜摘みの歌~ 上野誠のエッセイランド
10/1879 : うはぎ「菟芽子」はヨメナ(嫁菜)のこと。摘んで煮てそして食べた。歌意に隠れたるとこなし σ(°┰~ )
08/1424 : 野遊びして、食べて飲んで寝落ちした。て、たぶん (^-^)
2020年2月15日
ツボスミレの「ツボ」植物記
ツボスミレの「ツボ」
スミレ講釈『植物記』牧野富太郎
昔からツボスミレの名があってよく歌に読み込れている。例えば「山ぶきの咲きたる野辺のつぼすみれこの春の雨に盛りなりけり」あるいは「茅花ぬく浅茅が原のつぼすみれ今盛りなり吾が恋ふらくは」などがこれである。このツボスミレの名は今日植物学界ではある一種の小白花を開くスミレに限り用いられていれど、元来はこの昔からいうツボスミレは紫の花が咲き、庭先きから野辺へかけてのスミレの一種を指した名である。
人に依りてはツボはその花が莟める形で、宛かも壺に似ているからツボスミレだと解いていれど、私は既に往時のある識者が言っている様にこれは庭に生えているスミレの意であると思う。つまりツボスミレの場合のツボは庭先きにつづいた野も一緒に含めて言ったものである。
ツボはかの源氏の桐壺のツボと同様まずは庭の事だと思っていればよい。今日では庭の事をツボといっている処は少ないが、私の郷国の土佐では昔の名が遺っていて、なお今日でも庭先きの事をツボと呼んでいる。聞く所によれば名古屋辺でもそうであるそうな。しかし庭といっても樹木を植え込んだ庭園の事では無くて家の前の広場すなわち坪である。例えば「麦をツボへ干す」、「子供がツボへ蓆を敷て遊ぶ」、「ツボで独楽を舞わす」などと言わるるツボである。
ある広さを有するツボすなわち坪もツボスミレのツボも同意義であると言っても別に差支えない。
ツボスミレは昔始めは手近かな庭先きに生えている者を見てそうその名を呼んだものだろうが、しかし後ちに野辺で同様見出されてそれをやはりツボスミレといっても、あえて何んの不都合もありはしない。それは丁度カワホネが川で無い池に生えていてもやはりカワホネでイケホネとはいわぬと同じ事、また山ザクラが野の在てもやはり山ザクラで野ザクラとはいわぬと異ならないのである。
彼の繖形科品のツボクサは坪クサすなわち庭クサの意で、この草も庭先きの地などに生えるからそういうのである。しかるに『大言海』に「其花、形、靫ニ似タレバ名トスト云フ」とあるのはその解の正を得たものではない。そしてツボクサの花は決して靫には似ていない。
〔補〕今日植物学者のいっている小白花のツボスミレは実はその名を間違えている。そしてこれをそういい出したのは田中芳男、小野職慤の両氏で、それは明治七年頃である。またタチツボスミレも不要な和名でこの者は万葉歌にもあるツボスミレで宜しい。すなわち紫花を開く普通なスミレである。このツボスミレの名を今日植物学者は前述の様に小白花品をそういっているのは悪るい。これは如意スミレというものである。
『スミレ講釈/植物記』牧野富太郎、青空文庫ファイルからです (^-^) 投稿:2021.03.14
2020年2月4日
梅に蜜蜂
「立春 2020」から撮影日誌を作りました。2月4日から18日までで968ショットでした。このところ2投稿したんだけど、それでも2月はわずか、4投稿だけです。撮ったってあげとかな見られんぞな… 困った狸君です (´┬`)
「立春 2020」からいきます。この前の「梅にメジロ」の次にパチった蜜蜂つき屋敷梅と花梅を2つです。で、サムネイルをタップすれば、それなりサイズで拡大表示します。で、拡大画像タップで元に戻ります (^-^) 投稿:2021.03.17
トップ画像を大きくしたせいか簡易表示メッセージが頻発しだしました。で、小画像レイアウトを作りました。あとブラウザ表示を LightBoxPlus へ… これでいくつか書いてみます (^-^)