2022年9月18日

別離 ~ 永平寺/10 奥の細道

奥の細道図

別離

 曽良は腹を病みて、伊勢いせの国長島ながしまといふ所にゆかりあれば、先立ちて行くに、

  行き行きてたふすともはぎの原  曽良

と書き置きたり。くもののかなしみ、のこるもののうらみ、隻鳧せきふの別れて雲にまよふがごとし。予もまた、

  今日よりや書付かきつけ消さんかさの露


全昌寺

 大聖寺だいしやうじの城外、全昌寺ぜんしやうじといふ寺にまる。なほ加賀かがの地なり。曽良も前の夜この寺にまりて、

  よもすがら秋風聞くやうらの山

と残す。一夜いちやの隔て、千里に同じ。われも秋風を聞きて衆寮しゅりょうせば、あけぼのの空ちこう、読経どきょうむままに、鐘板しょうばん鳴りて食堂じきどうに入る。今日けふ越前えちぜんの国へと、心早卒そうそつにして堂下に下るを、若き僧どもかみすゞりをかかへて、きざはしもとまで追ひ来たる。をりふし庭中ていちゅうの柳れば、

  庭掃きてでばや寺にる柳

とりあへぬさまして、草鞋わらぢながら書き捨つ。


汐越の松

越前のさかい吉崎よしさきの入江を舟にさおさして汐越しおごしの松を尋ぬ。


  よもすがらあらしに波をはこばせて
    月をれたる汐越の松  西行


この一首にて数景すけい尽きたり。もし一辧を加ふるものは、無用の指を立つるがごとし。


天龍寺・永平寺

 丸岡まるおか天龍寺てんりゅうじの長老、古きちなみあれば尋ぬ。また、金沢の北枝ほくしといふもの、かりそめに見送りて、この所までしたひ来る。ところどころの風景ぐさず思ひつゞけて、をりふしあはれなる作意など聞こゆ。今すでにわかれにのぞみて、

  物書きて扇引きさくなごりかな

 五十町山に入りて永平寺えいへいじらいす。道元禅師どうげんぜんじ御寺みてらなり。邦機ほうき千里を避けて、かかる山陰やまかげに跡を残したまふも、たふときゆゑありとかや。


永平寺・天龍寺 汐越の松 金昌寺 別離

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