2021年9月25日

酒田 ~ 越後路/8 奥の細道

奥の細道図

酒田

 羽黒を立ちて、つるをかの城下、長山氏重行ながやまうじじゅうかうといふ武士もののふの家にむかへられて、誹諧一巻ひとまきあり。左吉もともに送りぬ。川舟に乗つて酒田の港に下る。淵庵不玉えんあんふぎょくといふ医師くすしもとを宿とす。


  あつみ山や吹浦ふくうらかけて夕すゞ


  暑き日を海にれたり最上川


象潟

 江山こうざん水陸の風光かずくして、今象潟きさがた方寸ほうすんむ。酒田の港より東北のかた、山を越えいそを伝ひ、いさごをみて、そのさい十里、日影ややかたぶくころ、汐風真砂まさごを吹き上げ、雨朦朧もうろうとして鳥海ちょうかいの山かくる。闇中あんちゅうに模索して、「雨もまた奇なり」とせば、雨後の晴色せいしょくまたたのもしきと、あま苫屋とまやひざを入れて、雨の晴るるを待つ。そのあした、天よく晴れて、朝日はなやかにさしづるほどに、象潟きさかたに舟をかぶ。まづ能因嶋のういんじまに船をせて、三年幽居の跡をとぶらひ、かうのきしに舟をあがれば、「花の上ぐ」とよまれし桜の西行さいぎょう法師の記念かたみのこす。江上かうしゃう御陵みささぎあり、神功后宮じんぐうこうぐう御墓みはかといふ。寺を干満珠寺かんまんじゅじといふ。このところに行幸みゆきありしこといまだ聞かず。いかなることにや。この寺の方丈ほうぢょうに座してすだれけば、風景一眼のうちに尽きて、南に鳥海、天をささへ、その影うつりて江にあり。西はむやむやの関、みちかぎり、東に堤をきづきて、秋田にかよふ道はるかに、海北にかまへて、波うち入るる所を汐越しほごしといふ。江の縦横じゅうおう一里ばかり、おもかげ松島にかよひて、またことなり。松島は笑ふがごとく、象潟はうらむがごとし。寂しさに悲しびをくはへて、地勢たましひなやますに似たり。


  象潟や雨に西施せいしがねぶの花


  汐越やつるはぎぬれて海涼し


    祭礼


  象潟や料理何ふ神祭      曽良


美濃の国の商人

  あまや戸板を敷きて夕涼ゆうすゞみ   低耳ていじ


    岩上がんじやう雎鳩みさごの巣を


  波へぬちぎりありてや雎鳩みさごの巣  曽良


越後路

 酒田さかた余波なごり日をかさねて、北陸道ほくろくどうの雲にのぞむ、遙々ようようおもむねをいたましめて加賀かがまで百卅里ひゃくさんじゅうりと聞く。ねずの関をゆれば、越後えちごの地に歩行あゆみあらためて、越中えっちゅうの国市振いちぶりせきいたる。このかん九日ここのか暑湿しょしつろうしんなやまし、やまいおこりてことをしるさず。


  文月ふみづき六日むいかつねの夜には


  荒海あらうみや佐渡さどによこたふあまがわ


0 件のコメント: