曇り時々晴れの夏日予報でしたが、午後から晴れ間が連続し最高気温25℃で真夏日となりました
二十四節気は今日から芒種ですね。麦の収穫に田植えの準備とテンテコマイ。土日メインの近代農業です。降らないでよかったです。で、昨日、県道端でチラ視したハルユキノシタ狙いで高山に往きました。胡桃の下にハルユキノシタが50株ほど群生しています。撮りやすい株の前に座り込んでパシャリ、パシャリとやってきました。以下に見た感じをメモしときます (^-^)
狸の溜息
めぐる季節の野の花たより
2026年6月6日
ハルユキノシタ 06.06 高山
2026年6月5日
サワギク「沢菊」/06.05 高山
曇り時々晴れで夏日予報でした。昨日はブログに係りっきりでへのポストもなし。キササゲの様子を見て、なんかパチったらポストしようと高山へ行きました。たらね、キササゲ、ウリノキ、サワギク、ウシハコベ、ハナイカダと撮り、サブ機でクサイチゴ、ウワミズザクラも撮っちゃいました。で、最後にマタタビの両性花が撮れました。しかもカノコガのおまけつき…
あっ、サワギク「沢菊」でした。薄暗い林縁でヒマワリのような小さい花を咲かせるお方です。別名のボロギク「襤褸菊」は、花が終わった後にできる種子(痩果)につく白い綿毛(冠毛)がボロ「襤褸」に見えるからだとか。また、やや黒味を帯びた羽状に深裂する葉も魅力的です。花よし、葉よし、姿よし、、、(^-^)
2026年6月1日
キササゲ 06.01 高山
月が改まって今日から6月です。予報を覗いたら晴れで真夏日となっていました。で、キササゲを見とこうと三名川沿いを走りました。昨日の帰りに河原に住み着いている3メートルほどの若いキササゲを見ていて、花の感じが写せるかなと、、、
キササゲ「木大角豆」は大陸原産の史前帰化種です。別名もカミナリササゲ、カワギリ、ヒサギ等といくつかあり、また、果実が薬として利用されてきたことがあるようです。どうやら、いにしえから身近な植物だったようですね。
キササゲ/ウィキペディアの同属植物にアメリカキササゲ、トウキササゲ、オオアメリカキササゲとあり、トウキササゲ以外は花の写真も見られます。でね、本記事のキササゲとは異なった花でしたよ。葉だ、姿だと云ったって花のヨリで見分けてる狸君ですとさ (^-^)
万葉集 12/3127 羇旅發思 度会の大川の辺の若久木 わが久ならば妹恋ひむかも by 柿本朝臣人麻呂歌集出
渡会の大川の岸辺の若ヒサギではないが、私の旅が久しくなったなら、あの子は恋しく思うであろうな
2026年5月27日
序・春の七草『植物記』
春の七草歌
せり なずな
おぎょう はこべら ほとけのざ
すずな すずしろ これぞ七草
和歌のスタイルで書き記されたのは
室町・足利義満の時代に編纂された
梵灯庵袖下集が初出
春の七種を書けと言う、ハイかしこまりましたとは請合うたものの時間さえあれば如何様にも書けぬ事はないが、実白状しますと頃日どう言う訳か用事輻輳、一つ済めば直ぐ次の一つ、また次の一つと一向に際限がない。チットモ心を落ち付けて筆を執る暇がない。その暇のない間を工面して苦しいけれどその然諾の義務を果さねばならん。仕方がないから大駆足でホンノつまらぬ事を書いてその責を果す事にしました。読んで興味を感ぜぬのは当り前でその辺どうぞゴ免候らえ。七種についてのいろいろの前座講釈はこの処抜きにして短刀直入植物の事に移ろう。
スズナ:カブすなわち蕪菁。スズシロ:ダイコンすなわち蘿蔔。
2026年5月26日
セリ「水斳」春の七草
セリ・春の七草『植物記』
セリは水斳で通常芹の字を使っているが実言うと芹一字だけでは不徹底である。セリは原頭、山足などの水に生えその白いヒゲ根を泥中に下している。採って見ると白い根が多いので故に古歌にはネジログサと称えた。溝などの中を覘くと早春から既にそのセリが一杯に繁茂している。古人はこれを望み見てセリとは迫りこ迫りこして生えているからそれでそういうのだといっているが、果してそれが語原であるか否かなお再考を要する様に思う。この様に実際セリは常に密集して生えているが、考えて見るとセリにはそう生える原因が存している。セリの茎が立って梢に花の咲く時分前後モウ既にその茎の下部から四方八方に匐枝を引き長く泥面を這うている。その匐枝には多くの節がある。その各節から秋以後皆株をなして葉を萌出するのでそれで溝一杯に繁茂するのである。ツマリ株が多数に出来たのである。春にこのセリを摘む時分には最早その前年の匐枝は多くは既に腐り去っているから、そこでセリが一株一株の苗となって生えている事になる。
食う為めにセリを摘む事は昔からする事であるから古歌にはまたツミマシグサともいった。また『万葉集』に「君がため山田の沢にゑぐ採むと雪消の水に裳の裾ぬれぬ」という歌がある。このエグは人によりては今日いうクログワイだとしているが、その歌の意から見ればどうもこれはセリの事であらねばならないが今日の処私はセリにエグの一名ある事を知らない。そして却て前記のクログワイにはエグあるいはイゴなどの方言がある。しかしこの者ではここは都合が悪るい。
セリの葉は分裂して多くの小葉と成っている。すなわちいわゆる複葉である。柄本に葉鞘があるがこれがこの属する傘形科の特徴である。花は白くて小さく夏に咲いて傘形花穂を成し、花後に小さい実が集り熟し落ちると仔苗が生ずる。それゆえセリは種子からも生えれば匐枝からも萌出し繁殖甚だ盛んである。
セリの栽培した者はよく八百屋に売っているが皆葉柄がすこぶる長い。これは水田に於て密に叢生させて作る故、上へ上へと延んでこんなに長く成っているのである。しかし野に在る者はカジケテ短いけれど香はズット高い。これを田ゼリと呼んでいる。
さて芹の字ダガこれは斳と同じである。また菫とも同じである。しかるに今この菫を二様に使い一は水斳のセリであるが、一は通常これを菫葉として別の一種に使っている。日本の学者はその一名を旱菫すなわち旱芹というもんだからセリが陸に生えた者の様に思ってこれをハタケゼリと訓じている。そして実は菫菜なるその本物を知らなかったのである。
右の菫菜なる者は支那、満洲、朝鮮には昔から圃に作って野菜にしていた。圃に作るから旱芹である。これは西洋にもあって西洋の者は前にはオランダミツバ「一にキヨマサニンジンという。これには一つの説話があれども今は略する」といっていたが今日ではセロリ(Celery)といって西洋野菜の一つとなっている。そして学術上の名は Apium graveolens L. である。
菫の字は前に書いた通りの芹の字と同じで、あるいはセリに使いあるいはセロリに使うべき字面であって、決してその他の植物に用うる事は出来ないものである。しかるに世人はこれをスミレに使って平然としてスマシているのは滑稽至極で、殊更に我が無学無識を広告している様なもんダ。もし世人がスミレを支那の名で書きたければ宜しく菫々菜と書くべきである。そうすればまずはスミレとなるが、菫の一字もしくは菫菜の二字では絶対にスミレとは成らないのである。
2026年5月25日
ナズナ「薺」春の七草
ナズナ・春の七草『植物記』
ナズナは薺であって植物学上では十字科に属しダイコン、カブなどと同科である。その語原は撫菜の義で愛ずる意ではないかと大槻文彦先生は書いていられるが、私はこれはなずむ菜の意でその苗葉がクシャクシャと短縮し迫って叢を成している状態に基いたものではないかと想像する。
ナズナは春の七種の中で最も著名かつ代表的の者で、秋に早く種子から生じ野外や路傍や圃地などに沢山見られる。冬の間敢て霜にも雪にもメゲズ平たく地面にへばりついてその深く羽裂せる根生葉を四方に拡げ、日当りのよい処に生えている者は暗褐色を呈しているが日蔭げの場処に在る者は緑色である。そして葉の下には白い直根があって地に入っている。葉の切れ方には二たイロあってそれぞれ株が違っている。すなわち一はその裂片が単に長橢円形であるが一は狭長でその上縁の本に方に著しい一耳片が着いている。
右は何方もナズナであって、前者をオオナズナといい後者を単にナズナと称えて区別する。けれども決して別種ではなく共に花穂も花も果実も同じである。茎は緑色で枝を分ち花は小さくて多数総状花穂に着き白色の十字花で花中に四長二短の大雄蕊を有する。花がすむと三角形の短角果実を結ぶ事は衆のよく知る所である。
右の果実はその恰好が宛かも三味線の撥に似ている所から、この草をバチグサともペンペングサとも称する。「覚えていやがれ、そんな事をすりゃあ手前んとこの屋根にペンペングサを生やしてやるゾ」と勇み肌の江戸ッ子はよく文身体の尻を捲って啖呵を切ったもんだけれど、実は屋根の上には余りペンペングサは生えないものである。これに反してノミノツヅリ、ノゲシ、オニタビラコなどが最もよく生えるものダ。
ナズナを食するには煜でて浸しものにしてもよく、あるいは胡麻和にしても佳い。また油でイタメても結構ダ。
2026年5月24日
オギョウ「御行」春の七草
オギョウ・春の七草『植物記』
支那の名は鼠麹草でキク科に属する。オギョウは御行と書くが、これをゴギョウというのはよくない。それ故五形と書くのは非である。時には御鏡と書いてあるものもある。この草の本名はホウコグサ(発音ホーコグサ)というのダが普通にはハハコグサ(母子草)と称えて今日はこれが通称の様に成っている。しかしこれをハハコグサといい母子草と書くのは甚だ宜しくない。人によると母子草とは旧き苗に若葉の添うて生ずれば母子という名も義であるなどと唱うるは全く牽強附会の説である。元来この草の名は母と子という意味から附けられたものではない。すなわちこの間違の起りは文徳天皇御一代の歴史を書き集めた『文徳実録』の著者が一つの因縁話を仕組みホウコとハハコと音相近きを以て本来のホウコグサをモジッテ母子草としたのが始まりである。ゆえによく諸書に母子草の名は『文徳実録』からダと書いてある。もしもこの名が昔からの本来のものであれば何も特に『文徳実録』を引き合いに出す必要は少しも無いじゃないか。
ホウコ(発音はホーコ)の名は今日でも処によっては民間で唱えている。また処によってはホーコーともホーコグサとも、またホンコともいっている。支那に蓬蒿、皤蒿、白蒿或は黄蒿などいう草があるがあるいはその名が旧く日本に伝ってホウコという名が出来たではないかと幻想して見るも興味があるが、私の考うる所ではホウコの名はモットズット古くて何かの意味を有ったものでは無かろうかと想像する。
この草は早く秋に種子から生じ、茎が分れて短く地上に拡がり沢山な葉を着けて座を成している。実は狭長でその質が薄い上に白くて軟かい綿毛が一面に生え、そのために葉は白く見えている。
春から夏の初めへかけて数寸ないし一尺|許りの茎が立って、梢に黄色の小さい頭状花がビッシリ固まって着く。その様子がチョット麹に似ている所から、処に依ってはコウジバナの名がある。支那で鼠麹草というのも同じ意味でそれを鼠の麹に見立ったものである。また子供が烟草の真似をして遊ぶのでトノサマタバコの名が呼ばれる。
三月三日雛の節句にはその時の草餅には昔は必ずホウコグサを入れて搗いたものダガ、今日ではこの草を用うる事はほとんど廃れ、普通にはこれに代えてヨモギを用いている。しかるにここに面白いのは千葉県上総の土気辺では今日なお昔の通りホウコグサを用いる事が遺っているとの事である。