2021年8月17日

オキナグサ/2007 上州藤岡

オキナグサ「翁草」 2007.03.31 上州藤岡 オキナグサ「翁草」 2007.04.05 上州藤岡 オキナグサ「翁草」 2007.04.05 上州藤岡

オキナグサ『植物知識』牧野富太郎

 春に山地に行くと、往々おうおうオキナグサという、ちょっと注意をく草に出逢であう。全体に白毛はくもうかぶっていて白く見え、他の草とはその外観が異っているので、おもしろくつ珍しく感ずる。葉は分裂ぶんれつしており、かぶから花茎かけいが立ち十数センチメートルの高さで花をけている。花は点頭てんとうして横向きになっており、日光が当たるとく開く。花の外面に多くの白毛が生じており、六ぺん花片かへん(実は萼片がくへんであって花弁はなく、萼片が花弁状をなしている)の内面は色が暗紫赤色あんしせきしょくていしている。花内かない多雄蕊たゆうずい多雌蕊たしずいとがある。わがくにの学者はこの草を漢名の白頭翁はくとうおうだとしていたが、それはもとより誤りであった。この白頭翁はくとうおうはオキナグサに酷似こくじした別の草で、それは中国、朝鮮に産し、まったくわが日本には見ない。ゆえに右日本のオキナグサを白頭翁はくとうおうてるのは悪い。

 さてこの草をなぜオキナグサ、すなわち翁草というかというと、それはその花がんで実になると、それが茎頂けいちょうに集合し白く蓬々ほうほうとしていて、あたかもおきな白頭はくとうに似ているから、それでオキナグサとそう呼ぶのである。この蓬々ほうほうとなっているのは、その実のいただきにある長い花柱かちゅう白毛はくもうが生じているからである。

 この草には右のオキナグサのほかになおたくさんな各地の方言があって、シャグマグサ、オチゴバナ、ネコグサ、ダンジョウドノ、ハグマ、キツネコンコン、ジイガヒゲ、ゼガイソウもその内の名である。右のゼガイソウは、すなわち善界草ぜんがいそうで、これは謡曲ようきょくにある赤態しゃぐまけた善界坊ぜんがいぼうから来た名である。

 『万葉集』にこの草をみ込んである歌が一つある。すなわちそれは、

 

芝付しばつき美宇良崎みうらざきなるねつこぐさ

相見ずあらばあれひめやも

 

 である。そしてこのネツコグサは、ネコグサの意で、オキナグサをしている。花に白毛が多いので、それで猫草といったものだ。

 このオキナグサは山野さんや向陽地こうようちに生じ、春早く開花するので、子女しじょなどに親しまれ、その花をって遊ぶのである。葉は花後かごに大きくなる。根は多年生で肥厚ひこうしており、毎年その株の頭部から花、葉が萌出ほうしゅつするのである。

 この草はキツネノボタン科に属し、その学名を Anemone cernua Thunb. とも、また Pulsatilla cernua Spreng. ともいわれる。そしてその種名の cernua は点頭てんとう、すなわち傾垂けいすいの意で、それはその花の姿勢しせいもとづいて名づけたものだ。

オキナグサ「翁草」 2007.03.31 上州藤岡

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