2021年8月23日

わが里に/わが岡に/贈答歌

わが里に大雪降れり 大原の古りにし里に降らまくは後 by 天武天皇

朗読&解説 佐々木教授

わが岡の靈神に言ひて降らしめし雪の摧けし其処に散りけむ by 大原夫人

明日香清御原宮御宇天皇代[天渟中原瀛真人天皇謚曰天武天皇]

天皇賜藤原夫人御歌

吾里尓わがさとに 大雪落有おほゆきふれり 大原乃おほはらの 古尓之郷尓ふりにしさとに 落巻者後ふらまくはのち

 

藤原夫人奉和歌

吾岡之わがをかの 於可美尓言而おかみにいひて 令落ふらしめし 雪之摧之ゆきのくだけし 彼所尓塵家武そこにちりけむ

 

 

天皇、藤原夫人ふじわらのぶにんに賜う歌

我が里に
大雪降れり
大原の
りにし里に
降らまくはのち

天武天皇

巻二102

 

藤原夫人の和せ奉る歌

我が岡の
おかみに言ひて
降らしめし
雪のくだけし
そこに散りけむ

藤原夫人

巻二103

 

 

わが里に/わが岡の/贈答歌『万葉秀歌』斉藤茂吉

わが里に 大雪降れり

大原の りにし里に 降らまくはのち

 天武天皇が藤原夫人に賜わった御製である。藤原夫人は鎌足の五百重娘いおえのいらつめで、新田部皇子にいたべのみこの御母、大原大刀自おおはらのおおとじともいわれた方である。夫人ぶにんは後宮に仕える職の名で、妃に次ぐものである。大原は今の高市たかいち飛鳥あすか小原おはらの地である。

 一首は、こちらの里には今日大雪が降った、まことに綺麗だが、おまえの居る大原の古びた里に降るのはまだまだ後だろう、というのである。

 天皇が飛鳥の清御原きよみはらの宮殿に居られて、そこから少し離れた大原の夫人のところに贈られたのだが、謂わば即興の戯れであるけれども、親しみの御語気さながらに出ていて、沈潜して作る独詠歌には見られない特徴が、また此等の贈答歌にあるのである。然かもこういう直接の語気を聞き得るようなものは、後世の贈答歌には無くなっている。つまり人間的、会話的でなくなって、技巧を弄した詩になってしまっているのである。

○    ○

わが岡の 靈神おかみに言ひて 降らしめし

雪のくだけ其処そこに散りけむ

 藤原夫人が、前の御製にこたえ奉ったものである。靈神おかみというのは支那ならば竜神のことで、水や雨雪を支配する神である。一首の意は、陛下はそうおっしゃいますが、そちらの大雪とおっしゃるのは、実はわたくしが岡の靈神に御祈して降らせました雪の、ほんのくだけが飛ばっちりになったに過ぎないのでございましょう、というのである。御製の揶揄やゆに対して劣らぬユウモアを漂わせているのであるが、やはり親愛の心こまやかで棄てがたい歌である。それから、御製の方が大どかで男性的なのに比し、夫人の方は心がこまかく女性的で、技巧もこまかいのが特色である。歌としては御製の方が優るが、天皇としては、こういう女性的な和え歌の方が却って御喜になられたわけである。

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