2022年9月30日

ウスバキトンボ&マテバシイ/09.30 上州藤岡

ウスバキトンボ ウスバキトンボ 実りのマテバシイ

今季はあまり写真してません。しかも撮りっぱなしで未整理ばかりです。もう晩秋ですね。9月30日の写真から片づけ始めました。まず薄羽黄蜻蛉ウスバキトンボと馬刀葉椎マテバシイをあげますじゃ。(^-^)

シオカラトンボ 田んぼで塩辛蜻蛉シオカラトンボをパチって戻ってきました。で、マテバシイの実り具合を観てたらスーとトンボがやってきました。しかも葉に齧りつくようにしてとまりました。うん、赤トンボじゃないな、麦藁トンボかなとパチリ。ついでに葉の上にいたアマガエルもパチリ。で、レンズ先生に訊いたらウスバキトンボらしいよと…
候補があがればあとはググって絵合わせじゃぞな。いまんとこ相違点なしです。ウスバキトンボとしとくとさ (^-^)

2022年9月28日

こきりこ祭り/09.26 南砺市上梨

筑子の竹は 七寸五分じゃ 長いは袖の かなかいじゃ
窓のサンサもデデレコデン 晴れのサンサもデデレコデン
踊りたか踊れ 泣く子をいこせ ササラは窓の 元にある
窓のサンサもデデレコデン 晴れのサンサもデデレコデン
向かいの山を 担ごとすれば 荷縄が切れて 担がれぬ
窓のサンサもデデレコデン 晴れのサンサもデデレコデン

彼岸明け「こきりこの里」神迎え
烏帽子狩衣ででれこでん

2022年9月27日

羊は安らかに草を食み BWV 208

『楽しき狩こそわが悦び/Was mir behagt, ist nur muntre Jagd! BWV 208』は、J.S.Bach が作曲した世俗カンタータで、通称『狩のカンタータ』Jagdkantate。現存するバッハの世俗カンタータの中では最も古く、1713年2月27日のヴァイセンフェルス公クリスティアン(1682年 - 1736年)の誕生日を祝う作品である。全15曲からなり、第9曲のアリア『羊は安らかに草を食み/Sheep May Safely Graze』の冒頭部は NHK-FM放送の長寿番組「朝のバロック」のオープニング用に編曲され、日本では特に有名のようです。楽しき狩こそわが悦び/Wikipedia (^-^)

2022年9月26日

陰暦の九月は長月です

 陰暦だと月が改まって長月朔日ながつきのついたちです。新月です。雲はないけど月の姿なしです。で、長月十三日(陽暦10月8日)が十三夜で栗くり名月です。今年は葉月十五日の月(陽暦9月10日)を観ていません。片観月になっちゃうけど、十三夜の月は観たいなと、、、

万葉集 巻十 黄葉を詠む

2202 黄葉する時になるらし 月人の楓の枝の色づく見れば

黄葉為もみちする 時尓成良之ときになるらし 月人つきひとの 楓枝乃かつらのえだの 色付見者いろづくみれば

紅葉する時節になったに違いない。月の中の楓の枝が色づいたのを見ると…


 

湯原王、娘子に贈る歌

632 目には見て手には取らえぬ 月の内の楓かつらのごとき妹をいかにせむ

娘子の報へ贈る歌

633 ここだくに思ひけめかも しきたへの枕まくら片去る夢いめに見えける

2022年9月24日

ヒガンバナ/09.23 上州藤岡

ヒガンバナ 09.23/彼岸 上州藤岡 ヒガンバナ 09.23/彼岸 上州藤岡 ヒガンバナ 09.23/彼岸 上州藤岡

 彼岸入いりは20日で彼岸明あけは26日です。で、今日はお彼岸の中日ちゅうにちで秋分の日ですね。ようやく「おくのほそ道」を書き上げました。文庫本で活字が小さくて視みづらかったけど、タブレットなら好みの大きさで読めます。灯火親しむべし、間に合いました。

 田んぼ道をとことこと近所のコンビニへ買い出しに出ました。たら、彼岸花がひとかたまりで咲いていました。これからの花も、終りの花もあったけど、盛りの花を狙ってパシャリと。たら、振り始めちゃって、暗めの写りです。晴れたら青空と稲穂と合わせハイコンで撮ってみようかなどと…

万葉集 巻十一 寄物陳思

2480 道の辺の壱師の花の いちしろく 人皆知りぬわが恋妻は

路邊みちのへの 壹師花いちしのはなの 灼然いちしろく 人皆知ひとみなしりぬ 我戀攦わがこひづまは

柿本朝臣人麻呂之歌集出

道ばたの壱師の花ではないが、はっきりと世の人は皆知ってしまった。私の恋しい妻は、、、

牧野富太郎は壱師の花は彼岸花だと…

2022年9月21日

祓/12 奥の細道

蕪村「奥の細道図上巻」那須野

    跋ばつ

 からびたるも、艶えんなるも、たくましきも、はかなげなるも、おくのほそ道見みもてゆくに、おぼえず起たちて手たたき、伏して村肝むらきもを刻む。一般ひとたびは蓑みのを着きる着るかゝる旅せまほしと思ひ立ち、一度たびは坐してまのあたり奇景を甘あまんず。かくて百般ももたびの情に鮫人かうじんが玉を翰ふでにしめしたり。旅なるかな、器うつはものなるかな。ただ嘆なげかしきは、かうやうの人のいとかよわげにて、眉まゆの霜のおきそふぞ。

  元禄七年初夏       素竜書



「からびたる」は、枯淡なおもむき。村肝は「深く心に感動をおぼえるさま」と補注にあり、「伏して村肝むらきもを刻む」を、「頭こうべを垂れて心肝しんかんを切り刻むごとき深い感銘に誘われる」と評釈にありました。でね「村肝むらきも」は万葉集だと心こころにかかる枕詞です。

巻四 大伴宿禰家持贈娘子歌

720 村肝の心砕けてかくばかり
  わが恋ふらくを 知らずかあるらむ

村肝之むらきもの 情揣而こころくだけて 如此許かくばかり 余戀良苦乎あがこふらくを 不知香安類良武しらずかあるらむ


 また一冊、ぼろぼろにしちゃいました。書き始める前に撮っとかないとね。が、幸い、ウェブ検索したらいくつかヒットしました。息の長い古典ならではかと… モチパクで表紙だけあげました。でね、カバーは義仲寺蔵の「那須野の図」芭蕉翁絵詞伝からのようです。義仲寺には芭蕉の墓もあるとか。で、奥の細道図から那須野の辺りを貼っといて…

 小ちひさき者ふたり、馬の跡慕したひて走る。ひとりは小姫こひめにて、名を「かさね」といふ。聞きなれぬ名のやさしかりければ、


  かさねとは八重撫子やえなでしこの名なるべし 曾良


おくのほそ道 頴原退蔵・尾形仂 角川ソフィア文庫

2022年9月20日

福井 ~ 大垣/11 奥の細道

奥の細道図

福井

 福井は三里ばかりなれば、夕飯ゆうめししたためて出づるに、黄昏たそがれの道たどたどし。ここに等栽とうさいといふ古き隠士あり。いづれの年にや江戸に来たりて予を尋ぬ。遥はるか十年ととせ余りなり。いかに老おいさらばひてあるにや、はた死しにけるにやと、人に尋ねはべれば、いまだ存命してそこそこと教おしふ。市中ひそかに引き入りて、あやしの小家こいへに夕顔ゆうがお・へちまの延はへかかりて、鶏頭けいとう・箒木はゝきゞに戸ぼそを隠す。さてはこの内にこそと、門かどをたたけば、侘わびしげなる女の出いでて、「いづくよりわたりたまふ道心どうしんの御坊ごぼうにや。あるじはこのあたり何某なにがしといふ者もののかたに行きぬ。もし用あらば尋ねたまへ」といふ。かれが妻なるべしと知しらる。昔物語ものがたりにこそかかる風情ふぜいははべれと、やがて尋ね会ひて、その家に二夜ふたよ泊まりて、名月は敦賀つるがの港みなとにと旅立つ。等栽もともに送らんと、裾すそをかしうからげて、道の枝折しおりと浮うかれ立たつ。


敦賀

 やうやう白根しらねが岳だけ隠かくれて、比那ひなが嵩だけ現あらはる。あさむづの橋を渡わたりて、玉江たまえの蘆あしは穂ほに出いでにけり。鴬うぐいすの関せきを過すぎて、湯尾ゆのを峠を越こゆれば、燧ひうちが城じやう、帰山かへるやまに初鴈はつかりを聞きて、十四日の夕暮ぐれ、敦賀つるがの津に宿を求もとむ。

 その夜、月殊ことに晴れたり。「明日あすの夜もかくあるべきにや」といへば、「越路こしぢの習ひ、なほ明夜めいやの陰晴はかりがたし」と、あるじに酒勧すすめられて、気比けいの明神みやうじんに夜参す。仲哀ちゆうあい天皇の御廟ごべうなり。社頭神かんさびて、松の木この間まに月の漏もり入りたる。御前おまへの白砂はくさ、霜を敷けるがごとし。往昔そのかみ、遊行ゆぎやう二世の上人しやうにん、大願発起たいぐわんほつきのことありて、自みづから草を刈かり、土石を荷になひ、泥渟でいていをかわかせて、参詣往来おうらいの煩わずらひなし。古例今に絶たえず。神前に真砂まさごを荷になひたまふ。「これを遊行の砂持ちと申しはべる」と、亭主の語かたりける。

  月清し遊行の持もてる砂の上

 十五日、亭主のことばにたがはず雨あめ降る。

  名月や北国ほくこく日和びより定めなき


種の浜

 十六日、空霽はれたれば、ますほの小貝拾ひろはんと、種いろの浜はまに舟を走す。海上かいしやう七里あり。天屋てんや何某なにがしといふ者、破籠わりご・小竹筒ささえなどこまやかにしたためさせ、僕しもべあまた舟にとり乗のせて、追ひ風、時の間まに吹ふき着つきぬ。浜はわづかなる海士あまの小家こいへにて、侘わびしき法華寺ほつけでらあり。ここに茶を飲み、酒を暖あたゝめて、夕暮れの寂さびしさ、感に堪たへたり。


  寂さびしさや須磨すまに勝かちたる浜の秋


  波の間まや小貝にまじる萩はぎの塵ちり


その日のあらまし、等栽とうさいに筆をとらせて寺に残す。


大垣

 露通ろつうもこの港みなとまで出いで迎むかひて、美濃みのの国へと伴ともなふ。駒こまに助たすけられて大垣おおがきの庄に入れば、曽良も伊勢いせより来たり合ひ、越人えつじんも馬を飛とばせて、如行じよこうが家に入り集まる。前川子ぜんせんし・荊口けいこう父子、その外親したしき人々、日夜訪とぶらひて、蘇生そせいの者に会ふがごとく、かつ喜よろこび、かついたはる。旅のものうさもいまだやまざるに、長月ながつき六日むいかになれば、伊勢いせの遷宮せんぐう拝おがまんと、また舟に乗のりて、


  蛤はまぐりの
ふたみに
別れ行く秋ぞ


2022年9月18日

別離 ~ 永平寺/10 奥の細道

奥の細道図

別離

 曽良は腹を病みて、伊勢いせの国長島ながしまといふ所にゆかりあれば、先立ちて行くに、

  行き行きて倒たふれ伏ふすとも萩はぎの原  曽良

と書き置きたり。行ゆくものの悲かなしみ、残のこるものの憾うらみ、隻鳧せきふの別れて雲にまよふがごとし。予もまた、

  今日よりや書付かきつけ消さん笠かさの露


全昌寺

 大聖寺だいしやうじの城外、全昌寺ぜんしやうじといふ寺に泊とまる。なほ加賀かがの地なり。曽良も前の夜この寺に泊とまりて、

  よもすがら秋風聞くや裏うらの山

と残す。一夜いちやの隔て、千里に同じ。われも秋風を聞きて衆寮しゅりょうに臥ふせば、あけぼのの空近ちこう、読経どきょう声澄すむままに、鐘板しょうばん鳴りて食堂じきどうに入る。今日けふは越前えちぜんの国へと、心早卒そうそつにして堂下に下るを、若き僧ども紙かみ硯すゞりをかかへて、階きざはしの下もとまで追ひ来たる。をりふし庭中ていちゅうの柳散ちれば、

  庭掃きて出いでばや寺に散ちる柳

とりあへぬさまして、草鞋わらぢながら書き捨つ。


汐越の松

越前の境さかい、吉崎よしさきの入江を舟に棹さおさして汐越しおごしの松を尋ぬ。


  よもすがら嵐あらしに波を運はこばせて
    月を垂たれたる汐越の松  西行


この一首にて数景すけい尽きたり。もし一辧を加ふるものは、無用の指を立つるがごとし。


天龍寺・永平寺

 丸岡まるおか天龍寺てんりゅうじの長老、古き因ちなみあれば尋ぬ。また、金沢の北枝ほくしといふもの、かりそめに見送りて、この所まで慕したひ来る。ところどころの風景過すぐさず思ひ続つゞけて、をりふしあはれなる作意など聞こゆ。今すでに別わかれに臨のぞみて、

  物書きて扇引きさくなごりかな

 五十町山に入りて永平寺えいへいじを礼らいす。道元禅師どうげんぜんじの御寺みてらなり。邦機ほうき千里を避けて、かかる山陰やまかげに跡を残したまふも、貴たふときゆゑありとかや。


永平寺・天龍寺 汐越の松 金昌寺 別離

2022年9月15日

市振 ~ 山中/9 奥の細道

奥の細道図

市振

 今日けふは親知らず・子知らず・犬戻もどり・駒返がえしなどいふ北国一ほっこくいちの難所なんじょを越こえてつかれはべれば、枕まくら引きよせて寐ねたるに、一間ひとま隔へだてて面おもてのかたに若き女の声ふたりばかりと聞こゆ。年老としおいたる男おのこの声も交まじりて物語ものがたりするを聞けば、越後えちごの国新潟にいがたといふ所ところの遊女ゆうじょなりし。伊勢いせ参宮さんぐうするとて、この関せきまで男おのこの送おくりて、あすは古郷ふるさとに返す文ふみしたため、はかなき言伝ことづてなどしやるなり。「白浪しらなみのよする汀みぎわに身みをはふらかし、海士あまのこの世をあさましう下くだりて、定さだめなき契ちぎり、日々ひびの業因ごういんいかにつたなし」と、ものいふを聞く聞く寝入ねいりて、あした旅立たびだつに、我々われわれに向むかひて、「行方ゆくえ知しらぬ旅路たびぢの憂うさ、あまり覚束おぼつかなう悲しくはべれば、見え隠がくれにも御跡おんあとを慕したひはべらん。衣ころもの上の御情おんなさけに、大慈だいじの恵めぐみを垂たれて、結縁けちえんせさせたまへ」と涙なみだを落とす。不便ふびんのことには思ひはべれども、「われわれは所々ところどころにてとどまるかた多おほし。ただ人の行ゆくにまかせて行ゆくべし。神明しんめいの加護かご、必かならず恙つつがなかるべし」といひ捨すてて出いでつつ、あはれさしばらくやまざりけらし。


  一家ひとつやに遊女ゆうじょも寝たり萩はぎと月


曽良に語かたれば、書かきとどめはべる。


越中路

 黒部くろべ四十八ヶ瀬しじゅうはちがせとかや。数知しらぬ川を渡わたりて、那古なごといふ浦うらに出いづ。担籠たごの藤浪ふじなみは、春ならずとも、初秋はつあきのあはれ訪とふべきものをと、人に尋ぬれば「これより五里磯いそ伝ひして、向むかふの山陰に入いり、蜑あまの苫葺とまぶきかすかなれば、蘆あしの一夜ひとよの宿貸かすものあるまじ」と、いひをどされて、加賀かがの国に入いる。

  早稲わせの香かや分わけ入いる右は有磯海ありそうみ


金沢

 卯うの花山・倶利伽羅くりからが谷を越こえて、金沢かなざわは七月中なかの五日なり。ここに大坂おおざかより通ふ商人あきんど何処かしょといふ者あり。それが旅宿をともにす。
 一笑いつせうといふ者は、この道に好すける名のほのぼの聞えて、世に知る人もはべりしに、去年こぞの冬早世そうせいしたりとて、その兄追善ついぜんを催もよおすに、


  塚つかも動けわが泣く声は秋の風


   ある草庵そうあんにいざなはれて


  秋涼し手ごとにむけや瓜うり茄子なすび


   途中吟


  あかあかと日はつれなくも秋の風


   小松こまつといふ所にて


  しをらしき名や小松吹く萩はぎ薄すゝき


多太神社

 この所多太太田の神社に詣もうづ。実盛さねもりが甲かぶと・錦にしきの切れあり。往昔そのむかし源氏に属せし時、義朝よしとも公より賜たまはらせたまふとかや。げにも平士ひらさぶらいのものにあらず。目庇まびさしより吹返ふきがへしまで、菊唐草きくからくさの彫ほりもの金こがねをちりばめ、龍頭たつがしらに鍬形くわがた打つたり。実盛討死うちじにの後のち、木曽義仲きそよしなか願状がんじょうに添へて、この社やしろにこめられはべるよし、樋口ひぐちの次郎じろうが使ひせしことども、まのあたり縁記えんぎに見えたり。

 むざんやな甲かぶとの下のきりぎりす


那谷

 山中やまなかの温泉いでゆに行くほど、白根しらねが岳だけ跡に見みなして歩あゆむ。左の山際やまぎはに観音堂あり。花山くわざんの法皇、三十三所の巡礼とげさせたまひて後のち、大慈大悲の像を安置あんちしたまひて、那谷なたと名付たまふとなり。那智なち・谷汲たにぐみの二字を分わかちはべりしとぞ。奇石きせきさまざまに、古松こしょう植ゑならべて、萱葺かやぶきの小堂しょうどう、岩の上に造りかけて、殊勝の土地なり。

  石山いしやまの石より白し秋の風


山中

 温泉いでゆに浴す。その功有間ありまに次ぐといふ。

  山中やまなかや菊はたをらぬ湯の匂にほひ

 あるじとするものは久米之助くめのすけとて、いまだ小童せうどうなり。かれが父、誹諧を好きて、洛らくの貞室ていしつ若輩の昔、ここに来たりしころ、風雅に辱はづかしめられて、洛に帰りて貞徳ていとくの門人となつて世に知らる。功名の後のち、この一村いっそん判詞はんしの料を請うけずといふ。今更いまさら昔むかし語がたりとはなりぬ。


山中 那谷 多太神社 金沢 越中路 市振

2022年9月4日

ヤマハギ/09.04 上州藤岡下日野

ヤマハギ「山萩」09.04/処暑 上州藤岡下日野

ヤマハギ「山萩」

明るい昼過ぎにブラパチしてきました。まず、吉井で朱鷺色葛ときいろくずを撮ってから、山萩ねらいで下日野に移動しました。もう、七、八本しか残ってませんが、それなりに咲いていましたよ。昨日の筑紫萩と見比べれば違いが判ると思います。

 

巻十 秋の相聞

2252 秋萩の咲き散る野辺の夕露に 濡れつつ来ませ夜はふけぬとも

秋芽子之あきはぎの 開散野邊之さきちるのへの 暮露尓ゆふつゆに 沾乍来益ぬれつつきませ 夜者深去鞆よはふけぬとも

2262 秋萩を散らす長雨の降るころは ひとり起き居て恋ふる夜ぞ多き

秋芽子乎あきはぎを 令落長雨之ちらすながめの 零比者ふるころは 一起居而ひとりおきゐて 戀夜曽大寸こふるよぞおほき

ヤマハギ「山萩」09.04/処暑 上州藤岡下日野

2022年9月3日

ツクシハギ/09.03 上州藤岡緑埜

ツクシハギ「筑紫萩」09.03/処暑 上州藤岡緑埜

ツクシハギ「筑紫萩」

涼しかったんで竹沼を歩いてきました。野竹のだけや白山菊しらやまぎくは元気いっぱい咲いてたし木萩きはぎや南蛮煙管なんばんぎせるも撮ってきました。それと引蓬ひきよもぎも撮れました。あとで記事にします。

山上臣憶良詠秋野花歌二首

1537 秋の野に咲きたる花を 指および折りかき数ふれば 七種ななくさの花

1538 芽之花はぎのはな 乎花をばな葛花くずはな 瞿麦之花なでしこのはな 姫部志をみなへし 又また藤袴ふぢはかま 朝皃之花あさがほのはな

狸ん家だと丸葉萩、筑紫萩、山萩、木萩が観られます。筑紫萩なら数多く咲くんで普通に観られます。丸葉萩は数カ所しか知らないし、山萩となるともっと少ないです。木萩は筑紫萩よりよく観ています。

ツクシハギ「筑紫萩」09.03/処暑 上州藤岡緑埜

2022年9月2日

葛花に一文字挵と羽黒蜻蛉/09.02 上州藤岡

クズの花 イチモンジセセリかも ハグロトンボ

昼過ぎに目覚めました。小雨だったけど涼しかったんで高山へ行ってみました。まず一文字挵いちもんじせせりらしきをパチリ。次に桑に絡んでいた葛花くずばなをパチリ。あっ、烏瓜からすうりが実ってました。もう少し経つと色づきます。で、最後に羽黒蜻蛉はぐろとんぼをパチって帰ってきました。雨だけどこれから出撃… (^-^)

2022年9月1日

日没の西上州/08.31

御荷鉾山と赤久縄山 08.31/処暑 武州上里神流川より

御荷鉾山と赤久縄山 08.31/処暑 武州神流川より

月が改まって9月1日です。雑節だと二百十日。なんか、八朔、二百二十日と併せて3厄日とか云われてきたようで、今年も台風11号が接近中です。これから降り始めるのかも… (。>_<。)

昨日の夕景です。藤武橋を渡ったら夕焼けに御荷鉾山が映えてました。で、神流川右岸(武州上里)の堰堤から 18:05 にパチリ。此処に来ると赤久縄山が視えますじゃ。うん、なんか、ゴロゴロと始まりました。降り始めるかも。が、そろそろ出撃ばい。行ってくるか… (~-~)