古事記 上巻 大國主の神 「菟と鰐」
氣多の前に到りし時に裸なる菟伏せり。ここに八十神その菟に謂ひて云はく「汝爲まくは、この海鹽を浴み、風の吹くに當りて、高山の尾上に伏せ」といひき。かれその菟、八十神の教のまにまにして伏しつ。ここにその鹽の乾くまにまに、その身の皮悉に風に吹き拆かえき。かれ痛みて泣き伏せれば、最後に來ましし大穴牟遲の神、その菟を見て「何とかも汝が泣き伏せる」とのりたまひしに、菟答へて言さく「… 最端に伏せる鰐、我を捕へて、悉に我が衣服を剥ぎき。これに因りて泣き患へしかば、先だちて行でましし八十神の命、海鹽を浴みて、風に當りて伏せとのりたまひき」とまをしき。ここに大穴牟遲の神、その菟に教へてのりたまはく「今急くこの水門に往きて、水もちて汝が身を洗ひて、すなはちその水門の蒲の黄を取りて、敷き散して、その上に輾い轉びなば、汝が身本の膚のごと、かならず差えなむ」とのりたまひき。かれ教のごとせしかば、その身本の如くになりき。こは稻羽の素菟といふものなり…
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