2021年4月1日

スミレ

スミレ 春分/04.01 上州藤岡

月が改まって4月1日。もうスミレが咲いてました。さくらは散り始めちゃったけどね (°-°;

スミレ『植物知識』  牧野富太郎

 春の野といえば、すぐにスミレが連想せられる。実際スミレは春の野に咲く花であるが、しかし人家の庭には栽培してはいない。万葉歌の中にはスミレが出ているから、歌人かじんはこれに関心を持っていたことがわかる。すなわちその歌は、「春の野にすみれ摘みにと来し吾ぞ、野をなつかしみ一夜宿にける」である。

 スミレは今、いろいろのスミレの種類を総称するような名ともなっていれど、その中で特にスミレというのは、スミレ品類中一等優品で、濃紫色のうししょくの花を開く無茎性むけいせい叢生種そうせいしゅの名であって、これを学名では、Viola mandshurica W.Beck. といっている。満州「中国の東北地方一帯」にも産するので、それで mandshurica「満州の」という意味の種名がついている。

 そして日本にはスミレの品種が実に百種ほど「変種を入れるとこれ以上」もあって、これがみなスミレ属 Viola に属する。これによってこれをれば、日本は実にスミレ品種では世界の一等国といってよい。

 スミレ、すなわち Viola mandshurica W.Beck. は宿根草しゅっこんそうで、葉は一株に叢生そうせい長葉柄ちょうようへいがあり、葉面ようめんは長形で鈍鋸歯どんきょしがある。葉と同じ株から花茎かけいいて花が咲くのだが、花は茎頂けいちょうに一輪き、側方そくほうに向こうて開いている。花茎にはかならずその途中に狭長きょうちょうほうがほとんど対生たいせいしていており、花には緑色の五萼片がくへんと、色のある五花弁かべんと、五雄蕊ゆうずいと、一雌蕊しずいとがある。花茎は一株から一、二本、えた株では十本余りも出ることがある。そして濃紫色の花が、いつも人目ひとめくのである。

 五へんの花弁中、下方の一花弁には、うしろに突き出たきょと称するものを持っている。元来、このスミレの花は虫媒花ちゅうばいかなれども、今日ではたいていのスミレ類は果実がみのらない。そして花の済んだ後に、微小なる閉鎖花へいさかがしきりに生じて自家受精をなし、く果実ができる特性がある。ゆえにスミレの美花びかはまったくむだに咲いているわけだ。しかしここにいう Viola mandshurica W. Beck. のスミレは、その常花じょうかの後で能く果実の稔っているものを見かけることがある。このスミレもその後では、しきりと閉鎖花によっての果実が続々とできるのである。

 いったい、スミレの花は昆虫に対し、とても巧妙にできている。まず花は側方そくほうに向いているので、昆虫が来て止まるに都合がよい。花弁は上の方に二へん、両側に二片、下の方に一片がある。そしてこの一片の後方に一つの距のあることは、前に記したとおりである。

 花が開いていると、たちまち蜜蜂のごとき昆虫の訪問がある。それは花の後ろにある距の中のみつを吸いに来たお客様である。さっそく自分の頭を花中へ突き入れる。そしてそのくちばしを距の中へ突き込むと、その距の中に二つの梃子てこのようなものが出ていてそれに触れる。この梃子ようのものは、五雄蕊ゆうずい中の下の二雄蕊から突き出たもので、昆虫の嘴がこれに触れてそれを動かすために、雄蕊のやくが動き、その葯からさらさらとした油気のない花粉が落ちて来て、昆虫の毛のある頭へ降りかかる。

 そしてこの昆虫がよい加減みつを吸うたうえは、頭に花粉をつけたままこの花を辞し去って他の花へ行く。そして同じく花中へ頭を突き込む。その時、前の花から頭へつけて来た花粉を今度の花の花柱かちゅう、それはちょうど昆虫の頭のところへ出て来ている花柱の末端の柱頭ちゅうとうへつける。この柱頭には粘液が出ていて、持って来た花粉がそれに粘着する。花粉が粘着すると、さっそく花粉管が花粉より延び出て、花柱の中を通って子房しぼうの中の卵子に達し、それから卵子が生長して種子となるが、それと同時に子房は成熟して果実となるのである。

 実にスミレ類は、このように昆虫とは縁の深い関係になっているのである。しかしかく昆虫に努力させても、花が果実を結ばず無駄むだ咲きをしているものが多いのは、まことにもったいなき次第である。それはちょうど水仙の花、ヒガンバナの花などと同じおもむきである。

 スミレの葉は花後に出るものは、だんだんとその大きさを増し、形も長三角形となって花の時の葉とはだいぶ形が違ってくる。

 スミレの果実は三殻片かくへんからなっているので、それが開裂するとまったく三つの殻片に分かれる。そしてその各殻片内に二列に並ぶ種子を持っている。殻片が開いたその際は、その種子があたかも舟に乗ったように並んでいるのだが、その殻片がだんだんかわくと、その両縁が内方に向こうて収縮、すなわち押しせばめられ、ついにその種子を圧迫して急に押し出し、それを遠くへ飛ばすのである。なんの必要があってかく飛ばすのか、それは広く遠近の地面へ苗をえさせんがためなのである。

 またそれのみならず、その種子には肉阜にくふ「カルンクル」と呼ぶ軟肉が着いていて、これがありの食物になるものだから、その地面に転がっている種子を蟻が見つけると、みなそれをわが巣に運び入れ、すなわちその軟肉を食い、その堅い種子をばもはや不用として巣の外へ出し捨てるのである。この出された種子は、その巣の辺で発芽するか、あるいは雨水に流され、あるいは風に飛んで、その落ちつく先で発芽する。かくてそのスミレがそこここに繁殖することになる。このように、この肉阜が着いている種子はクサノオウ、キケマン、タケニグサなどのものもみなそうで、いずれもみな蟻へのごちそうを持っているわけだ。かく植物界のことに気をつけると、なかなかおもしろい事柄が見いだされるのである。

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