2014年2月2日

八重白梅

八重白梅

晴れたり曇ったりですが風がほとんどなかったんで暖かいと感じました。で、さっきまでパチリしとって、バテバテで帰ってきました。雲が多目てぇことで晴れと曇りがすぐに変わっちゃいます。ピンは合わせずらいし、露出補正は決まらんしと...。その割にはたいしたのが撮れなくて...。更新だけしときます。さて、なに喰おうかな...。 (^_^;

みんな上落合で今日パチしてきた梅です。花はこんな感じで八重咲きの白梅になるんだと思います。いつも2月になれば咲いていて、早咲きの八重白梅と憶えとります。今日もすでに撮りごろになってました。でね、八重咲きなんで花梅のような気がしていて数年前にオーナーに聞いたことがあります。たら、昔からあるんで名は知らないけど、普通に実をつける、とかでした。豪華な花をつけて収穫も出来るとなると、なかなか優秀な八重白梅ちゅうことになります。来年も会いたいんだけど、さてさて...。(^^;

八重白梅 八重白梅 八重白梅

2014年2月1日

八重紅梅

八重紅梅

月が改まり今日から2月(如月)です。晴れて風もほとんどなかったんで梅の花を探しに行ってきました。まだ、つぼみがふくらみ始めた梅がほとんどだったんですが、多比良で八重紅梅と紅梅が撮れ、ちょっと移動した中大塚でも梅が咲き始めていました。で、撮りはしたんですが、ちょっと遠かったてぇのもあって露出を失敗しちゃいました。また行ってみます。ふんなで多比良の八重紅梅だけ貼っときますとさ。 (=^_^=) ヘヘヘ

八重紅梅 此処で12月22日に撮ったのがこれです。梅にキウイと蔓梅擬がからんでます。桜切るばか梅切らぬばか、なんてぇ云ったりもしますが、この梅も適当に刈り込まれていました。

実梅と花梅に分ければ八重紅梅は花梅です。収穫には適さず、もっぱら庭で春を告げる役目をしているのが八重紅梅です。
ふんなら、梅畑にはないかってえと、梅畑でも八重紅梅を見かけます。ただ、役目は花粉供給用だったはずです。

この梅は樹高が3mほどある老木です。今は鏑川用水の恩恵か田んぼもあります。がね、以前は桑畑しかなかったはずです。 (@@;;;) はて?

八重紅梅 で、思ったんですが、元々は観賞用の八重紅梅だったんかもしれません。とすると、主は去り、屋敷は撤去されちゃったんですが、今でも立派に役目を果たしているってえことになります。なんとも、けなげな、八重紅梅です。

梅咲いてめぐる季節の狸ん家、始まり始まり...。 (^-^)

2014年1月31日

雪と氷の鮎川/2012

鮎川 2012/2/5 名無村

よく晴れてたっぷりの陽射しが降りそそぎました。ただ、空っ風が送電線を揺すってゴーゴーと吠えとりました。ふんで、今日は旧暦だと元旦ですだ。"あけおめことよろ" と書いときます。で、2012年 2月 5日 に日野谷・名無村でパチリした鮎川です。昨日の鮎川はしょぼすぎました。で、まぁ、雪も写っているのを貼っときました。 (^_-)☆

2014年1月30日

寒の鮎川

ツユクサ「露草」10.01/秋分 上州藤岡矢場

寒の鮎川

晴れ間がほとんどない曇りで夕方にようやく10℃を超えた寒い日でした。昨日のことですが地元紙に「ロウバイ 春の予感 桜山公園」てぇのがありました。FACEBOOK でシェアしようと悪戦苦闘し、タイムランをいじった挙句、今まで見えたいたものが消えちゃいました。見当違いなことをやらかしたようです。元に戻すつもりですが...。 (^^;

寒すみれ(コスミレ) トップは鮎川の飛沫が凍ってできた小さな氷柱です。昔、上平に暮らしていた翁から聞いたんですが、寒中は鮎川も凍って氷瀑とつながったこともあったとか。 ( ̄□ ̄;

ふんなで、ショボーンと金井まで戻ってきました。で、へちゃむくれ君はと、いつものところを歩いたら側溝のすぐ上で寒すみれが咲いていました。たぶんコスミレです。すみれたちを撮り始めた頃は此処でたくさんの小菫コスミレを見ました。が、年々少なくなっちゃって、、、 (@@;;;)

2014年1月29日

上平の氷瀑/大寒

上平の氷瀑

陽射したっぷりで最高気温が13.2℃まで上がりました。それに空っ風もほとんどなくて暖かな日でした。で、昨日は上平まで氷瀑の様子を見に行ってきました。年々、小さくなっていると感じている氷瀑ですが、今季は周りの緑がはっきりと見えちゃって氷瀑と呼ぶにはちょっと迫力不足と感じました。寒い冬と思っていたんですけどね。 (_ _ ??)

上平の氷瀑 鮎川は、西上州の盟主・赤久縄山に源を発し、浮囚郷のおかれた日野、国分寺の瓦を焼いた金井、と西へ流れ、大群集墳をつくった平井を経て、七輿山古墳の北、上落合で鏑川となります。近年、行政側の建てた案内標識には「あゆがわ」とルビがあります。が、古来は「間川」と表記して「あいがわ」とよんでいたようです。なんか、鏑川と神流川のあいだ(間)の川の意だったとか。中世から平井には鮎川村がおかれていたようですが、こっちも「あいがわむら」だったようです。

上平の氷瀑 寒の時季には日野谷・上平の右岸に氷瀑が出現します。ここ十年ほど見に行ってるんで、今季も昨日ですが見に行ってきました。以前は桜の老木の脇から鮎川の左岸へと歩き、上から氷瀑の様子がよく分かりました。がね、数年前だったでしょうか、立ち入り禁止の看板とロープで、上から氷瀑を見ることは出来なくなっちゃいました。昨日も二本木峠から流れ落ちる沢伝いに鮎川に下り、氷瀑まで歩きましたとさ。

2014年1月28日

御嶽山の大不動

2013 秋 御嶽山の大不動

御嶽山の大不動

古今集 巻第二 113 春歌 下 小野小町
花の色はうつりにけりな いたづらに 我が身世にふるながめせしまに

千手観音 百人一首の9番目だったでしょうか、あの狸君も知っとるくらいよく知られている和歌のようです。それに、小町と云えば美女の代名詞です。で、まぁ、自分の容貌を桜花にかさねただけの、つまらん歌と思うとりました。
ヘ(ΘωΘヘ)(ノΘωΘ)ノ

夏になると野で歌仙草が咲く狸ん家です。歌仙て、なんじゃろな、と調べとって六歌仙を知りました。ウィキペディアには "古今和歌集の序文のひとつ「仮名序」において、紀貫之が「近き世にその名きこえたる人」として挙げた6人の歌人の総称。ただし「六歌仙」という名称そのものは後代になって付けられた" とあります。僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大友黒主とか。

千手観音 小野小町は、いにしへの衣通姫の流なり。あはれなるやうにて強からず。言はば、よき女の悩めるところあるに似たり。強からぬは、女の歌なればなるべし。と、紀貫之は書いてますじゃ。

ここで、衣通姫てなんじゃいな、とやっちゃうと、猿ならば猿にしておけ呼子鳥、となるんで、岩波文庫の注だけ書いときます。「允恭天皇の妃。容姿絶妙で、その艶色が衣をとおして輝くので、時の人が衣通郎姫(そとおりのいらつめ)といったという」

で、誰だったか、「六歌仙は怨霊じゃ」と云うとりました。なんか、6人とも文徳天皇の周辺にいた人達だったようです。とすると、小町ちゃんは、冬になっちゃった、と歌ってるんかもよ。あっ、写真は去年撮った御嶽山の石仏です。 (^-^)

2014年1月27日

うんだら柿

うんだら柿

12月に多比良で撮った柿です。十分に熟していてトマトのようにも見えます。で、狸ん家だと「うんだら柿」なんてぇ云って押し潰しながら食べちゃいます。あとは土に返るだけに見える柿も好む人がいるようですね。 (@ ̄□ ̄@;) パチクリ

うんだら柿 古今集 巻第十八 938 雑歌下 小野小町
わびぬれば身を浮草の根を絶えて
        誘う水あらばいなんとぞ思う

「文屋康秀の返事によめる」とあります。ただ、小町ちゃんは "誘う水" と考えなかったようです。狸君ならホイホイ往っちゃうんですけどね。小町ちゃんに何が起こっていたんでしょうかね。 (;-_-;)