海のまぼろし 折口信夫
静かなる あさけに起きて
床の上に おおき投げキス
我、ついにかくのごときか
我、ついにむなしく老いて
かくながら命おえなむ
庭のおもに なびこう霧の
ほのぼのと漂う上に
紫陽花の青き花むら
澄みすすみて 深海の色 見つつ
我が心ぞ痛む
南のうるまの海の沖縄の遠き空より
帰りこし わたの記憶
大わたの波にうけたる
航空路の帰航の青さ
人しらで わた中に 渦潮ぞなりめぐる
めぐり澄む 青一色
飛行機はそこに陥る
瞬間に見し紫陽花
戦いのなかりしときの沖縄の
海のまぼろし
戦いにやぶれし国の
さすらいの老いのこの身の
取り返すものともあらぬ 青きまぼろし
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