天の岩戸『古事記』上巻
ここに速須佐の男の命、天照らす大御神に白したまひしく、「我が心清明ければ我が生める子手弱女を得つ。これに因りて言はば、おのづから我勝ちぬ」といひて、勝さびに天照らす大御神の營田の畔離ち、その溝埋み、またその大嘗聞しめす殿に屎まり散らしき。かれ然すれども、天照らす大御神は咎めずて告りたまはく、「屎なすは醉ひて吐き散らすとこそ我が汝兄の命かくしつれ。また田の畔離ち溝埋むは、地を惜しとこそ我が汝兄の命かくしつれ」と詔り直したまへども、なほその惡ぶる態止まずてうたてあり。天照らす大御神の忌服屋にましまして神御衣織らしめたまふ時に、その服屋の頂を穿ちて、天の斑馬を逆剥ぎに剥ぎて墮し入るる時に、天の衣織女見驚きて梭に陰上を衝きて死にき。かれここに天照らす大御神見畏みて、天の石屋戸を開きてさし隱りましき。ここに高天の原皆暗く、葦原の中つ國悉に闇し。これに因りて、常夜往く。ここに萬の神の聲は、さ蠅なす滿ち、萬の妖悉に發りき。ここを以ちて八百萬の神、天の安の河原に神集ひ集ひて、高御産巣日の神の子思金の神に思はしめて、常世の長鳴鳥を集へて鳴かしめて、天の安の河の河上の天の堅石を取り、天の金山の鐵を取りて、鍛人天津麻羅を求ぎて、伊斯許理度賣の命に科せて、鏡を作らしめ、玉の祖の命に科せて八尺の勾璁の五百津の御統の珠を作らしめて天の兒屋の命布刀玉の命を召びて、天の香山の眞男鹿の肩を内拔きに拔きて、天の香山の天の波波迦を取りて、占合まかなはしめて、天の香山の五百津の眞賢木を根掘じにこじて、上枝に八尺の勾璁の五百津の御統の玉を取り著け、中つ枝に八尺の鏡を取り繋け、下枝に白和幣青和幣を取り垂でて、この種種の物は、布刀玉の命太御幣と取り持ちて、天の兒屋の命太祝詞言祷ぎ白して、天の手力男の神、戸の掖に隱り立ちて、天の宇受賣の命、天の香山の天の日影を手次に繋けて、天の眞拆を鬘として、天の香山の小竹葉を手草に結ひて、天の石屋戸に覆槽伏せて蹈みとどろこし、神懸りして胷乳を掛き出で、裳の緒を陰に押し垂りき。ここに高天の原動みて八百萬の神共に咲ひき。
ここに天照らす大御神怪しとおもほして、天の石屋戸を細に開きて内より告りたまはく、「吾が隱りますに因りて、天の原おのづから闇く、葦原の中つ國も皆闇けむと思ふを、何とかも天の宇受賣は樂し、また八百萬の神諸咲ふ」とのりたまひき。ここに天の宇受賣白さく、「汝命に勝りて貴き神いますが故に、歡喜び咲ひ樂ぶ」と白しき。かく言ふ間に、天の兒屋の命、布刀玉の命、その鏡をさし出でて、天照らす大御神に見せまつる時に、天照らす大御神いよよ奇しと思ほして、やや戸より出でて臨みます時に、その隱り立てる手力男の神、その御手を取りて引き出だしまつりき。すなはち布刀玉の命、尻久米繩をその御後方に控き度して白さく、「ここより内にな還り入りたまひそ」とまをしき。かれ天照らす大御神の出でます時に、高天の原と葦原の中つ國とおのづから照り明りき。ここに八百萬の神共に議りて、速須佐の男の命に千座の置戸を負せ、また鬚と手足の爪とを切り、祓へしめて、神逐ひ逐ひき。
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